【邦画】生誕100年・増村保造。女性をめぐる傑作8選
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【邦画】生誕100年・増村保造。女性をめぐる傑作8選

2024.09.06 16:00

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東京大学を2回も卒業(法学部・文学部哲学科)し、50年代のイタリア国立映画実験センターで映画を学んだ異色の監督・脚本家、増村保造は、今年8月25日、生誕100周年を迎えました。

9月7日から開催されるぴあフィルムフェスティバルでも特集上映が組まれ、その作風が再発見されるきざしが見えています。

映画界きってのインテリだった増村。幅広いジャンルや作風の作品を手掛けていますが、俯瞰して眺めてみるとそこから浮かび上がるのは、当時の日本では先進的だったであろうヨーロッパ仕込みの先進的な女性の描きかた。

今回は、さまざまな映画で増村が描いた女性たちを、ジャンルをシャッフルして「自立」「愛憎」「戦争」「性」という側面からご紹介します。

◆女性と自立

『青空娘』(1957)

【ストーリー】伊豆で祖母と暮らしていた小野有子は、高校卒業後に東京の父母のもとへ帰ることになっていた。だが、祖母が臨終の際、自分が実は父の不倫相手との子だと知らされ驚く。後に上京するも、父の家で有子は女中のような扱いをされる。それでも気丈に振る舞うが…。

青空娘
©1957 KADOKAWA

まるでシンデレラのような設定。悲劇的な展開のなかでアイデンティティを模索しながら自らの運命を切り拓いていく、というプロットに比して、増村の描写は決してウェットにならないのが増村流。ヨーロッパ映画のような絵画的な構図に、当時の東京・青山の豪邸を舞台にした瀟洒な空気感。そして主演の若尾文子は中原淳一のイラストから飛び出してきたかのような愛らしさ!

自分にデレデレの父親にはちゃっかり甘え、憧れの高校時代の教師をある意味ではちゃっかり利用してしまう無邪気なヒロインではありますが、決して女性を武器にしたり弱いふりをしたりはしない。男たちの勝手や生ぬるさは看破するクレバーさもあり、自分の判断で自律的・自立的に動いていく姿はたくましく、爽快。

タイトル通り、晴れやかでスッと気持ちの良い鑑賞後感の作品です。

『やくざ絶唱』(1970)

【ストーリー】新宿に縄張りを持つ石川組のヤクザ・立松実には、父親の違う妹・あかねがいた。この妹を大学に進学させ、立派な女にするのが実の夢だった。しかし、実があかねに異常な愛情を注ぐ一方、あかねは孤独だった。そんな彼女に新任教師の貝塚が興味を持ち…。

やくざ絶唱
©1970 KADOKAWA

こちらは異父兄妹の愛憎ドラマ。やくざで乱暴者の兄を勝新太郎が、知的で美しいヒロインである妹を大谷直子が演じています。コワモテでありながら妹を溺愛するのは、親に恵まれず幼い頃から自分が親代わりに育ててきたから。ただ、その過保護ぶりは妹の思いや意志を汲んだものではなく、また不器用で繊細さのなさから妹の屈折にも気づくことができずに兄妹の関係はこじれ、新任教師や父親、父親の義理の息子の出現により、さらに緊張を増していくのです。

ここでも増村は、兄の、そして彼女に興味を持つ新任教師の、男性的な身勝手さを明示していきます。そしてヒロインは時にそれを利用さえしながら、兄の重圧から自由になることを試みていくのです。

アクションや怒涛の人間ドラマが見どころですが、それと同時に、さまざまなタイプの男性たちを的確に配置することで、増村の女性観が浮き彫りになる一本とも言えそうです。

◆女性と愛憎

『妻は告白する』(1961)

【ストーリー】北穂高の岩壁を登る3人のパーティが転落した。ザイルで宙吊りになったのは、一番下に夫、その上に妻。一番上の若者は、妻の愛人だ。妻はナイフでザイルを切り、彼女と若者は助かった。その後、事件は法廷に持ち込まれ、さまざまな事実が明らかにされていく。

妻は告白する
©1961 KADOKAWA

オープニングのタイトルシーンから法廷劇の緊張感を描写。起訴事実の陳述のセリフのあいだに証拠や資料を次々と見せ、視聴者に事件の全体像をざっと把握させるという、スピード感のある法廷劇です。モノクロであることが作品に異様な緊張感をもたらしています。

危機的状況のもと、夫だけの命綱を切り落としたヒロインの真意。そもそもなぜ3人で山登りへ?…このクリティカルな謎は物語終盤まで視聴者にも明らかにされません。その謎を抱えたまま、登場人物たちとともに私たちもヒロインの本心に疑心暗鬼になりながら展開を見守り、そして衝撃の結末を迎えるのです。

愛と憎しみに根差した女性の“覚悟”への、増村の敬意がこめられたような作品に感じられます。

『この子の七つのお祝いに』(1982)

【ストーリー】大蔵大臣の私設秘書・秦一毅の身辺を探っていたルポライターの母田耕一。手型占いをしているという秦の内妻・青蛾を追う母田は、後輩の須藤に連れて行かれたバーのママ・ゆき子と知り合うが、その後殺されてしまう。須藤は母田の仕事を引き継ぎ…。

この子の七つのお祝いに
©1982 松竹株式会社

貧しく肩を寄せ合って暮らす母親と幼い娘。母の歌う童謡の「通りゃんせ」。狭い和室に飾られた晴れ着の日本人形。戦後間もない日本の市井の暮らしのシーンで始まるサスペンス。

湿度の高いシーンから突然、高度成長期のモダンなマンションで紅茶を入れる若い女性のカットに切り替わり、ここから血塗られた殺人事件へと突入していきます。残忍な殺人事件と、疑惑の大臣秘書の関係は?男女の愛と喪失を絡ませながら謎が紐解かれていくプロセスを、登場人物たちをスピーディーに動かす演出。あまりエモーショナルにならずにとにかく動かすという描写により、物語のウェットさに対してとてもドライに、むしろ突き放したような距離感さえ感じるほどです。

そんな抑制の効いたシークエンスが続いたあと、ラストシーンで解き放たれたれる情念の放出。この事件の犯人が母親によって自分の心に蒔かれた憎しみの種が時を経て大きく咲き、しかしその憎しみをアイデンティティとして生きてきた犯人がそれ失った時に崩壊していく悲しさを浮きぼりにします。

ドライな演出が逆に、憎しみのために愛さえも捧げた女性の悲しみを、観る者に染みわたらせます。

◆女性と戦争

『赤い天使』(1966)

【ストーリー】日中戦争が激しくなるなか、西さくらは天津の陸軍病院に従軍看護師として配属される。だが、そこで入院中の傷病兵たちにレイプされてしまう。西はそんな状況でも冷静さを失わず、手術や治療を続ける岡部軍医に心を惹かれるが、彼はモルヒネを常用していた…。

赤い天使
©1966 KADOKAWA

増村の反戦映画の不思議なところは、声高に反戦を謳っていないのに立派に反戦映画であるところかもしれません。そしてそれはおそらく、女性の目線で描かれた物語であることによるものでしょう。

戦地で働く看護師であるヒロインは、職務にプライドを持ち懸命に働いていますが、その日常は過酷。現代の私たちからみれば理不尽でしかない軍国主義的組織での、昼夜を問わない労働。名誉の負傷と言いながら前線に戻る日を先延ばしすべくズルをする兵士がいて、一方で医療側としては手足の負傷の治療は満足にできないのでひたすら切断していくしかない。手術室には阿鼻叫喚があり、病室では兵隊たちから看護師への乱暴があり、体の一部を失った兵士たちには帰国できたとしてもどう生きていくのか、本当に帰国させてもらえるのかという精神的な不安とともに男性としての劣等感が押し寄せ、それをケアする重責も若い看護師たちの肩にかかってくる。

戦場が舞台ではありますが、男性的な戦争映画ではなく、医療現場で女性目線で戦争を描く映画。でも、だからこそ見えてくる、戦争のもうひとつの残酷さがとてもリアルです。

『清作の妻』(1965)

【ストーリー】生計を支えるため、老人の妾となっていたお兼。老人の死を機に、お兼は家族の待つ村へ戻るが、村人たちの目は冷たかった。村の模範青年である清作と出会い、2人は周囲の反対を無視して結婚した。しかし、日露戦争が勃発し、清作に召集令状が届く。

清作の妻
©1965 KADOKAWA

愛する人を戦争に行かせたくない。死なせたくない。夫や息子を「万歳!万歳!」と送り出しながらも、どの母親・どの妻も、そう心の奥底では思っていたはずです。でもそれを言えなくなるのが、戦時というもの。特に村社会ではその力学が強く働くようです。

本作のヒロインにとって夫へのその思いがとりわけ強いのは、過去の泥沼のような人生から救いだしてくれたのが、彼女の境遇ではなく彼女自身をそのまま見て、受け入れ、愛してくれたのは、村の中でたったひとり、夫となった清作だけだったから。

追いつめられた彼女が取る行動があまりにも衝撃的でトラウマ級ではあるのですが、果たしてそれが戦争のグロテスクさと比してどうなのか?価値観を揺るがすエンディングが強い余韻を残します。

◆女性と性

『卍』(1964)

【ストーリー】弁護士の妻・柿内園子は、美術学校で出会った若き令嬢・徳光光子に恋心を抱いていた。学校内で同性愛の疑いをかけられた2人は、それがきっかけでかえって仲良くなる。そんなある日、光子は園子から絵のモデルとして裸体を見せてほしいと頼まれ…。

卍
©1964 KADOKAWA

あまりにも有名な谷崎潤一郎の名作を、増村が演出。脚本を手掛けているのは新藤兼人、というピカピカの布陣。可愛い悪女を演じるのは若尾文子、彼女に惹かれる人妻を演じるのは岸田今日子。若尾文子は増村のミューズ的な存在で、この記事で紹介した作品だけでも『青空娘』『妻は告白する』『赤い天使』『清作の妻』に主演しており、それぞれに彼女の魅力が存分に引き出されていますし、岸田今日子も増村作品には複数出演しており、安定感のあるペアリング。

そして演出においては、日本文学における耽美主義の第一人者、谷崎のしっとりとした世界観をテンポよく展開させており、その軽快さによってややユーモラスな雰囲気すら纏わせています。ファム・ファタールに翻弄されるのは岸田今日子演じる古風な人妻だけではなく、その夫をはじめ男たちもワタワタと取り込まれていく…。男も女も、誰かに惚れて惹かれて翻弄される姿は、可笑しくもあり、悲しくもあり、そして人間臭くて愛おしくもあります。

耽美で湿度の高い内容を、増村の絶妙なバランスでウェットになりすぎずに描いた一作です。

『音楽』(1972)

【ストーリー】若く才能ある精神分析医・汐見のもとに麗子が現れ、「耳が聞こえない」と訴えた。治療を続ける汐見は、麗子は音が聞こえないのでなく、恋人・江上とのセックスで感じていないことが問題の本質であることを知る。汐見はある治療法を取り入れ…。

音楽
©1972 藤井浩明/ATG

この映画の2年前に亡くなった三島由紀夫が書いた同名長編小説が原作。増村と三島は東京大学法学部時代の同級生でした。当時は特に親しかったわけではなく、お互いを認識している、という程度だったようですが、増村が映画監督になってからは三島を主演に迎えた『からっ風野郎』(60)を撮っています。ただ、三島の原作の映画化を手掛けたのはこれ一本。

「音楽だけが聴こえない」という女性の内面を精神科医が性のトラウマの側面から紐解いていく…という展開で、タブーに触れるようなトラウマティックな場面も。原作は精神科医の手記のかたちを取っていますが、増村はこれを女性の過去のあるトラウマに焦点をあてた人間ドラマとして描いています。現代の視点から見ると「?」と思うような価値観や描写も多く、戸惑う部分もありますが、増村が何とかして映画を通して女性の隠された内面を描くことに挑戦していたことがよくわかる作品です。



いかがでしたか?

膨大な名作が存在する日本映画アーカイブ、何を、どこから掘っていけば良いのか迷った時には、名匠のアニバーサリーをきっかけに発掘するのも新しい出会いをもたらしてくれるものです。

U-NEXTでは他にも増村保造監督作を配信中。また、ぴあフィルムフェスティバルではデジタル配信されていない増村作品の上映もあります。ぜひこの機会に、増村の描く女性たちの姿に触れてみてください。

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