2014年に冒された咽頭がんの闘病の末、『トップガン マーヴェリック』でのカムバックで映画ファンに感動を与えた名優ヴァル・キルマー。そんな彼が自らプロデュースしたドキュメンタリー『ヴァル・キルマー/映画に人生を捧げた男』のティン・プー監督、レオ・スコット監督にインタビュー。企画の始まりや、俳優ヴァル・キルマーの人間としての魅力についてもお話しいただきました。
──この企画はどのように始まりましたか?
レオ・スコット:私は“Lotus Community Workshop”(2012、日本未公開)というハーモニー・コリン監督の30分ほどの短編コメディを編集していました。ヴァルは別の世界からやって来たような自己啓発講師を演じていました。私は撮影時には彼と会っておらず、編集時にその姿をみて胸を打たれました。ハーモニーから彼の連絡先を教えてもらいメールしたところ、45秒で返信が来ました。
その頃ヴァルは、10年もの時間をかけてマーク・トウェインを題材にした「市民トウェイン(Citizen Twain)」という一人芝居に取り組んでいました。彼が自分の作品をレビューできるように、演技の素材の編集を手伝いました。私が初期に編集を担当した『パロアルト・ストーリー』(2013)を完成させてすぐ、彼は個人的なアーカイヴのデジタル化を私に頼んできました。彼は私に、長年自分で撮りためたテープが入った箱がたくさんあるといいました。こういう時、人は普通ものごとを大袈裟に言うものですが、彼の言い方はむしろ控えめな方だったのです。実際には、記録フォーマットも異なる素材が約半世紀にわたるミュージアムのように存在していました。フィルム、ビデオ、3/4インチ、ベータマックス、miniDV。ランダムに箱に入っていたそれら映像素材から私が最初に引っ張り出したのは、1985年の『トップガン』撮影時に撮られたものでした。
ティン・プー:およそ8年前にレオの家を訪れた時、彼はヴァルの古いテープ素材をデジタル化しようとしていました。その時にいくつかのフッテージを見て、瞬く間に魅了されました。そして「これで何か作るべきだ!」と彼に言ったのです。その後、自分が編集を担当した“Heaven is a Traffic Jam on the 405”(2016)がアカデミー賞の最優秀短編ドキュメンタリー賞を受賞して次のプロジェクトを探していた頃、「ヴァルと今も何か一緒にやっているのか?」と彼に尋ねました。ヴァルの病気のため企画は止まっているが彼も回復しつつあると聞いた私は、ヴァルのフッテージを遡ってみることを改めて提案し、レオも快諾してくれたのです。
──ヴァル・キルマーの自叙伝“I’m Your Huckleberry: A Memoir”(2020年初版)はベストセラーになりました。喉頭がんと気管切開、彼はそのどちらについても話題から避けるようなことはありませんでしたが、彼の病気は本作の制作に何か影響を与えましたか?また彼は仕事以外でも絵画やフィジカルアートの制作を続けていますが、彼の制作意欲は並外れたものですね。
ティン・プー:ヴァルの病気はこのプロジェクトにとって、確実に大きな起点となりました。彼が病気にならなければ、このドキュメンタリーの終盤は彼のトウェインの一人芝居がブロードウェイへ行くような展開になっていたかもしれません。間違いなく人生の岐路にいた彼の回復力、止まることを知らないクリエイティブ精神から、観客は多くのものを受け取るでしょう。
ヴァルの制作する絵画やスクラップブックは視覚的にとても重要な要素となり、私たちはこの映画自体がスクラップブックのような映画になることを目指しました。それぞれのシーンとその移り変わりは、視覚的な変化であると同時に、時間と空間的な要素を繋ぎ合わせるものです。我々はこのスタイルによって、彼の人生を印象派のようなコラージュとして語ることができるのではないかと考えたのです。
──映画の冒頭でヴァルは「俳優としての自分自身が消えて、役柄に成り切る瞬間はどこから始まるのか?」ということについて探求する映画をずっと作りたかったと言っています。彼は自身の表現がどれほど個人的なものであるかを映画の中で示しています。と同時に彼の息子であるジャック・キルマーのナレーションがその側面をさらに強調しているように思えます。
ティン・プー:本作の舞台裏を映したフッテージは映画ファンに、そしてヴァルのファンにとって、大変興味深いものになるでしょう。撮影中に彼は「これはヴァル・キルマーの新たな映画だ、私が主役として自分自身を演じている」と言いました。この映画の一番力強い点は、すべてが彼自身の物語であること、彼のパーソナルなものを限りなくオープンに我々に共有してくれたことです。そして、それらは私たち誰もが共感しうるものです。またジャックと(娘の)メルセデスを彼が撮り続けたその一貫した行為は、この映画の中で最も心動かされる場面でしょう。
レオ・スコット:ジャックとメルデセスはこの映画に大きな貢献をしてくれました。ジャックのナレーションはヴァル自身がナレーションすることができないからこそ、それをより力強く、心揺さぶるものにしてくれました。ジャックがスタジオで収録している風景をカメラに収めるのは初めから決めていましたが、観客は彼の声が若い頃のヴァルにそっくりなため、それがジャックであることをすぐに忘れてしまうようでした。
(翻訳:川原井利奈)
『トップガン マーヴェリック』でカムバックし、ファンを驚かせた名優、ヴァル・キルマー。彼は咽頭がんを患い、闘病の末に声を失っていた。少年時代から現在まで、カメラに収められたさまざまな映像を通して、ヴァル・キルマーが自身の生涯を振り返るドキュメンタリー。
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