Web小説の投稿プラットフォーム「小説家になろう」発のライトノベル「薬屋のひとりごと」がアニメ化され、2023年10月より放送が開始されました。
後宮を舞台に、薬学の知識でトラブルを解決していくという本作は、アニメ化以前にも漫画化などのメディア展開が行われ、シリーズ累計2400万部を突破している人気作品です。
一見地味なストーリーにも思える本作ですが、実はこの人気はある意味では必然です。後宮の物語という王道ジャンルに、ミステリー、雑学、ロマンス、女性による下剋上など、多くの共感とヒットの要素を兼ね備えているからです。
物語は、中国を思わせる中世の花街で薬師として働いていた少女・猫猫(マオマオ)が、人買いにさらわれて後宮で下働きするところから始まります。
人間の心身の健康に直結する薬を調合するという繊細な仕事をしていた猫猫は、文字の読み書きができ、後宮の下女という立場においては特異な存在です。
しかし彼女は、読み書きができることを周囲には隠してとにかく目立たないように振る舞ってきました。読み書きのスキルによって給金が増え、人買いが儲かってしまうことが気に食わなかったからです。またシミやそばかすを偽装して醜くするのは花街からの習性でしたが、後宮ではより意識的に地味であろうと努めています。
そんな猫猫ですが、彼女はもともと好奇心旺盛で、特に「毒」に対して並々ならぬ知識欲と探究心を抱えています。自分の身体を実験台に様々な毒を試してきた経験もあるような、マッドサイエンティストな一面があります。
ある時、皇帝の寵愛を受ける妃たちが親子共々毒に蝕まれていることに気付き、つい好奇心(と、ほんの少しの正義感)を出して匿名で忠告してしまいます。そのことから正体が露見し、結果助けた妃の1人に毒味役として召し抱えられることとなります。
話はここから動き始めます。
後宮は、皇帝や王といった時の権力者が子孫を残すためにたくさん抱える、妃やその子どもら、そして彼女たちを世話する宮仕えの者たちが生活する特別な場所です。
国の中枢に根を張っていることから社会情勢に大きく左右される、そんな閉鎖的な空間で翻弄される登場人物たちの悲喜交々──「大奥」をはじめ、後宮を巡る壮大な物語は見応えがあり、胸を打つ王道ジャンルとして知られています。
そんな後宮で、主人公の猫猫は頑固だけど好奇心に溢れ(すぎ)た薬師として、大小様々な事件に関わり、時にはそれを解決していくこととなります。後宮を舞台にしたライトなミステリーとも言えます。
後宮ものは数多くありますが、『薬屋のひとりごと』はその王道ジャンルとの掛け合わせとして「後宮×ミステリー」、もっと言えば「後宮×マッドサイエンティスト」という斬新な設定を持ち込んだ非常に優れた作品です。
しかも、単なる推理ではなく、薬学・医学的な知識に基づいた謎解きになっています。
例えば、猫猫の正体がバレることになった事件では、鉛を含む白粉(おしろい)によって上流階級の間で鉛中毒が多く発生し、誤って口にした乳幼児が死亡するという、実際に江戸時代に起きた史実に即した内容が展開されています。
クイズ番組しかり、情報・教養番組しかり、現代人は雑学が大好きです。今は「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉が流行するなど、時間対効果、要するにかけた時間に対してどれだけの見返りが得られるかが重視される時代なので、フィクションにおいても、知識や雑学を得られる作品は人気の傾向にあります。
漫画やアニメで言えば『ミステリと言う勿れ』や『Dr.STONE』などがそれに当たるでしょう。現在は特に人気が高まっている、学びを得られる物語という潮流に乗っている点でも、“薬学・医学もの”である『薬屋のひとりごと』は、時代にハマっていると言えます。
子孫繁栄のための、皇帝と妃との営みの場所である後宮。大抵は男子禁制で、『薬屋のひとりごと』でも、去勢された宦官しか存在を許されていません。しかし、どんなところにも色恋沙汰は転がっているものです。むしろ障がいがあればあるほど燃え上がるなんていうこともありますが、禁じられたロマンスは、やはり古今東西、人類の大好物です。
『薬屋のひとりごと』でも、猫猫の才覚をいち早く見抜いたのは、宦官の1人である壬氏(ジンシ)でした。聡明で後宮でもかなりの地位にある彼は、その上、とんでもない美貌の持ち主です。皇帝の妃である女性たちの中にも、彼に色目を使う人は少なくありません。実は、彼の存在自体が、妃の皇帝への忠誠心を見抜くための罠でもあるのですが、そんなことを周囲は知る由もありません。
猫猫に目をかけたその壬氏は、必ずしも薬学への知識や技術だけに惹かれたわけではありません。猫猫は花街で育っているため、男女の裏側を嫌というほど見てきました。男への幻想などとっくに打ち砕かれていて、とても冷めた現実的なところがあります。地味な風貌の猫猫なのに、美形の壬氏にまったくなびかないどころか、自らの美貌をよく知った上での打算的な振る舞いが目につくため、壬氏に“毛虫でも見るような”軽蔑した態度をとります。しかし逆にそれが物珍しいからか、壬氏は蔑まれれば蔑まれるほど、彼女のことを構いたくなっていきます。
作中でもしばしばマッドサイエンティストっぷりが発揮され、人間より毒のことに関心が強い猫猫と、その美貌ゆえにあらゆる女性から日常的に言い寄られている壬氏。平たく言えば、ぶっ飛んだ女性主人公に蔑まれながらも、尻尾を振って懐いてくるイケメンという、一部からは熱烈な需要がありそうな構図が成り立っています。
ただ、壬氏は壬氏で、後宮の統治や問題解決のために猫猫につきまとって利用するのですが、猫猫も猫猫で、男に興味がないのでつれない態度をとりつつも何かと便宜を取り計らってもらいます。利用し利用され合う2人は、どちらが振り回されているのか傍目にはわからないような不思議な関係です。
話が進むにつれて物語も大きく動いていくことになるのですが、同時に猫猫と壬氏との関係がどう変化していくのかも、『薬屋のひとりごと』の見どころのひとつです。「小説家になろう」をはじめとするライトノベル群の読者には男性が多いというのが定説ですが、ライトノベル「薬屋のひとりごと」は女性からの支持も厚いとされるのも納得です。
学びのある後宮ミステリー、さらに一筋縄ではいかないロマンス要素もあるとなれば、いよいよ『薬屋のひとりごと』が、冒頭で述べたようにヒットの要素を兼ね備えた作品だということが伝わるかと思います。
後宮という選ばれし男女のためにあつらえられた閉鎖的な空間の、機能ははっきりしています。それは、選ばれた人の中でのさらなる選別です。後宮に入るのを望んだのか望まなかったのかに関わらず、この場所では、他の人を出し抜いて、自分とその親類縁者がのし上がってなんとしてでも生き延びなければいけません。気を抜けば、いつでも足元をすくわれます。
そんな場所で、恵まれた境遇や恵まれた容姿といったものを持たなかった女性が働く難しさを浮き彫りにしながらも、主人公の猫猫が、地に足を着けて生き抜いていく様には、胸がすく思いがします。それは、たくましく生きる女性の下剋上だとも言えます。
持って生まれた才能ではなく、あくまで自分の努力と経験に裏打ちされたスキルが評価される──現実はなかなかそうもいきませんが、だからこそフィクションではそうであってほしいものです(もちろん、努力も才能のひとつではありますが)。
また、『薬屋のひとりごと』が後宮ものにありがちなドロドロした感じをうまく脱臭しているのは、彼女が目の前のあらゆる現実を(諦め半分で)飲み込んで、自分の興味関心のある事柄以外に対しては比較的あっけらかんとした人物像であるからでしょう。
架空の世界を舞台にしながらも、中国王朝や日本の大奥のような現実感ある世界観を構築し、シビアな社会の中で生き抜く女性のしなやかさが、『薬屋のひとりごと』では描かれています。猫猫の活躍がアニメでどこまで語られるのか、この先も目が離せません。
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『薬屋のひとりごと』
放送:毎週土曜24:55より日本テレビ系にて全国放送中
U-NEXT配信:放送終了後、順次配信中
【あらすじ】
大陸の中央に位置するとある大国。その国の帝の妃たちが住む後宮に一人の娘がいた。名前は、猫猫(マオマオ)。花街で薬師をやっていたが、現在は後宮で下働き中である。ある日、帝の御子たちが皆短命であることを知る。今現在いる二人の御子もともに病で次第に弱っている話を聞いた猫猫は、興味本位でその原因を調べ始める。呪いなどあるわけないと言わんばかりに。美形の宦官・壬氏(ジンシ)は、猫猫を帝の寵妃の毒見役にする。人間には興味がないが、毒と薬の執着は異常、そんな花街育ちの薬師が巻き込まれる噂や事件。壬氏からどんどん面倒事を押し付けられながらも、仕事をこなしていく猫猫。稀代の毒好き娘が今日も後宮内を駆け回る。
「知識は身を助く」という言葉を体現しているかのような猫猫の、翻弄されながらも踏ん張る姿が心に刺さる、3つの共感エピソードをご紹介します。
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