Xにて映画紹介などをしているゆいちむが、恋愛映画が苦手な人にこそ観てもらいたいラブストーリーを厳選して紹介します。
ラブストーリーと聞くだけで、なんとなく身構えてしまう。私にもそんな時期がありました。
甘ったるい展開、理想化された男女像、定型的なハッピーエンド……そんな先入観を持っている人も少なくないはず。
今回紹介するのは、恋愛映画が苦手な人にもすっと届く、静かで、繊細で、ちょっと風変わりな5本。
恋愛映画のイメージを少し変えてくれるような、大人のためのラブストーリーです!
一部ネタバレを含んでいますので、ご了承ください。
恋人に旅をドタキャンされ、ひとり寝台列車に乗った女性ラウラ。
相部屋になったのは、酒に酔いタバコをふかす、粗野で無愛想な炭鉱労働者リョーハ。
最悪な出会いから始まった旅は、境遇も価値観も異なるふたりのあいだに、思いがけない絆を育んでいく。
舞台はモスクワから北極圏近くの町ムルマンスクへと向かう長距離列車。
氷雪の世界を走る寝台列車の個室のなかで、見知らぬふたりが少しずつ距離を縮めていく過程を描いた作品。
粗野な男の言葉の奥にある誠実さや、態度に隠された寂しさに気づき、ラウラの心がゆっくりとほぐれていくさまは、まるで雪解けのように静かで美しい。
旅の終わりが近づくにつれ、互いの存在が少しずつ色を帯びていく。
ときに不器用で、ときに優しいやりとりは、恋愛という枠を越え、人と人が理解し合おうとする営みにも見えます。
なお、不愛想な炭鉱労働者を演じるのは、『ANORA アノーラ』への出演で注目を集めているユーリー・ボリソフ。私は観るたびに彼の演技に泣かされています。
いわば甘くない『ビフォア・サンライズ/恋人までの距離』。
文化も背景も異なるふたりが、わずかな時間の中で育んだ想いと、映画史上に残る“秘密の共通言語”。
物語のその後に思いを馳せながら、圧倒的に心地よい、そのあたたかな余白に浸ってみてください。
ポルトガルで出会った孤独な男女が、言葉を交わす間もなく惹かれ合い、一夜を共にする。
しかし、女には恋人がいた……。
孤独なふたりが共有した濃密な一夜、そして過去と未来を、詩的な感性と静かな燃焼とともに描いた、儚く切ないラブストーリー。
誰しも、人生で最も甘美だった瞬間の記憶というものがあると思う。
本作には、その輪郭を忘れぬように、記憶をまるごとフィルムに封じ込めたかのような気配が漂っています。
一方でこれは、決して交わることのなかった男女の運命を描いた作品でもあり、ふたりが同じ未来を歩むことはなかったというビターな余韻が、むしろこの刹那的なロマンスの香りをいっそう際立たせています。
主演は『スター・トレック(2009)』シリーズのレギュラーキャストとして知られるアントン・イェルチン。
製作総指揮はジム・ジャームッシュという点にも触れておきたいです。
甘美な記憶をめぐる詩的な映像は、あなたの中に眠る“あの時”の記憶を、そっと呼び覚ますかもしれませんよ。
舞台はリスボンの盲学校。
引きこもりがちな盲目の女性エヴァは、ある日、音の反響で世界を“見る”という独自の技術を教える教師イアンと出会う。
視力を持たないふたりはやがて外の世界へと踏み出し、繊細な想いが静かに芽生えていく。
見えない世界の豊かさを描いた幻想的な作品。
この映画が印象的なのは、視覚障害を欠如ではなく、まったく別の感覚世界として描いている点にあります。
音、空気、足音、気配……視覚以外の情報が豊かに描かれ、観客自身も日々過ごしている世界の“盲点”に気付かされるはずです。
実のところ、この作品をラブストーリーと断定してよいのかは微妙なところです。
けれど、ふたりの心が触れ合う瞬間を描いた物語であることは間違いないでしょう。
見えないもの、見えない世界に触れようとする勇気。
そして、誰かの手をとって歩き出すということの意味。
静謐な映像と音が紡ぐこの映画は、恋愛映画の枠をそっとはみ出しながら、世界の美しさを聞かせてくれます。
片手が不自由な男性エンドレと、コミュニケーションが不得意な女性マーリア。
現実ではうまく距離を縮められないふたりが、“夢の中で鹿として出会っていた”という不思議な一致をきっかけに惹かれ合う、奇妙で鮮烈、静かで熱いラブストーリー。
イルディコー・エニェディ監督との出会いは、彼女の初長編作品『私の20世紀』でした。
モノクロの映像が奏でる夢と幻想に、一瞬で心を奪われたのを今でも覚えています。
本作にも、その静かな魔法が確かに息づいています。
本作の舞台はブダペスト郊外の食肉処理場。
絵的にも、血肉の生々しい赤と、冷たい雪景色のコントラストは素晴らしいです。
また、ラブストーリーとはおよそ縁遠いこの職場環境が、この物語のユニークさを際立たせています。
ことの発端も一風変わっていて、ある日、“牛用の交尾薬が盗まれる”という奇妙な事件をきっかけに、従業員全員が心理検査を受けることになります。
そんな中、ふたりが同じ夢を見ていることが判明するという展開で、絶妙に可笑しいです。
本作が描くのは、人間の不器用さ。
そして、それでも誰かと歩み寄ろうとする、心の動きと小さな勇気です。
夢の中では自然に寄り添えていたふたりが、現実ではぎこちなく、言葉も態度もすれ違ってしまう。
その歩み寄りの過程こそが、この物語に、どこか涙ぐましくもリアルな質感を与えています。
夢という幻想と、食肉処理場という剥き出しの現実の間で交錯する男女の、とびきりもどかしくて奇妙な物語。特に風変わりな作品を求めている方にはこれです。
舞台はフィンランド・ヘルシンキ。
ゴミ収集車の運転手ニカンデルは、寡黙で不器用な中年男。
孤独を抱えながら、淡々と日々の仕事をこなしている。
そんな彼がある日、近所のスーパーで働くレジ係の女性イロナに恋をする。
不器用なふたりの関係は、北欧の冷たい空気の中で、じんわりと温度を帯びていく。
ふたりのあいだで交わされるのは、ほんのわずかな言葉と、長い沈黙。
けれど、その沈黙の奥には、たしかな感情が宿っています。
期待や戸惑い、寂しさや微かなぬくもり。
そうした思いが、ふとした視線や仕草ににじむたび、観る者の心もそっと揺さぶられる。
ふたりのあいだに起こるのは、都会の片隅でひっそりと交わされる、ささやかな出来事ばかり。
決してドラマティックではないけれど、それらはすべて、言葉に頼ることなく、沈黙や無表情の内側にそっと託されていきます。
映画がエンドロールへと向かう中、ムーディーな挿入歌が流れ始めてからは圧巻です。
明日がどうなるかもわからないまま、新天地へと向かうふたり。
その背中を、そっと押してくれているかのような印象を受けるのではないでしょうか。
この小さな物語が、言葉では言い表せないあたたかさに包まれる瞬間です。
『パラダイスの夕暮れ』は、人生に希望を見いだせない人々が、誰かとともにいることで、ほんの少しだけ前に進む。
そんな儚くも、力強い光を描いた作品です。
感情が大きく揺さぶられるリアリティショーや、過激で速い展開の作品が人気を集めるこの時代。
今回紹介した作品たちは、決して大衆受けする類のラブストーリーではありません。
けれど、言葉にならない気持ちや、不器用なやり取り、あるいは一夜限りの記憶としてそっと胸にしまわれるような感情。
そうしたものこそ、実は私たちの日常に一番近い物語なのかもしれません。
もしあなたがこれまでラブストーリーに距離を感じていたのなら、これらの作品がそのイメージを少しだけ柔らかくしてくれることを願っています。
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