映画『国宝』が大ヒット!監督・李相日作品の軌跡をたどる
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映画『国宝』が大ヒット!監督・李相日作品の軌跡をたどる

2025.07.03 12:00

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李相日(リ・サンイル)監督の最新作『国宝』が、公開から異例のヒットを記録しています。公開10日間で観客動員85万人・興収11.9億円を突破し、2週目の週末には前週比143%という驚異的な伸びを示しました。 

『国宝』が多くの観客を惹きつける要因に、李監督ならではの“テーマの深み”“重厚な人間描写”“演者の力を最大限に引き出す演出力”が息づいています。『悪人』では“真の悪人とは”という根源的な問いを投げかけ映画賞を総なめにし、『許されざる者』では出演者たちが「精神的に追い込まれる」と口を揃える演出で鬼気迫る芝居を引き出すなど、一切の妥協なく築き上げられる李監督作品には常に凄まじいエネルギーがみなぎり、観る者の心を激しく揺さぶります。 

デビュー作『青 chong』から最新作『国宝』まで、差別・家族・罪と赦し・信頼と裏切り・芸術への気概、といった普遍的で濃密なテーマを、「人間とは何か?」という深い問いかけとともにエンターテイメントへと昇華してきた李監督の作品群を、デビュー作から振り返ります! 

 

 在日高校生の揺れるアイデンティティと青春の葛藤 

青 chong』(2001年)

青 chong
李 相日

李相日監督の原点となるデビュー作。日本映画学校の卒業制作作品ながら、第22回ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを含む4冠に輝き、その完成度の高さからロッテルダムや釜山など海外映画祭にも正式招待されました。 

日本語で“若さ”を表し、韓国語で“chong(チョン)”と発音される「青」。そして“チョン”は、日本で朝鮮人に対する蔑称でもあり…。若さと差別を二重に象徴したタイトルのこの作品で、李監督は自身のルーツでもある在日朝鮮人の高校生の青春の葛藤を描きました。 

民族意識の強い環境で育った主人公・楊大成(眞島秀和)が、朝鮮学校ではじめて日本人の高校野球大会に出たり、日本人と結婚を考える姉に戸惑いを隠せなかったりと、当たり前の青春の出来事にも見え隠れする差別に出くわし、アイデンティティに揺れる青春が繊細に綴られます。 

葛藤を抱えながらも飄々とした日常が流れ、高校生らしいユーモアや爽やかな青春映画の様相も感じられる本作。それでも、同級生との何気ない会話や校舎の風景に、主人公の心の揺れが滲み出て、静かな余韻が胸に迫ります。デビュー作にしてその後の李監督作品に通底する“境界に立つ人間のアイデンティティ”というモチーフを示す佳作。 

 

人生の交錯点で問われる、家族のかたち 

 『BORDER LINE』(2003年) 

BORDER LINE
PFFパートナーズ

劇場デビュー作にして、李監督が「思いのすべてを注ぎ込んだ」と語る意欲作。本作ではじめてプロの俳優と組み、現在の俳優演出術の原点になったといいます。 

飲酒運転で高校生をひいてしまうタクシー運転手・黒崎(村上淳)、父を殺して逃走中にそのタクシーにひかれた高校生・松田(沢木哲)。ふたりは川崎から北海道へとタクシーを走らせることになり、そこに、うだつの上がらないヤクザの集金係・宮路(光石研)、いじめで登校拒否になった息子を抱える相川(麻生祐未)が巡り合っていき──。 

何気ない日常の中で孤独と絶望を抱える人々が、偶然の縁で繋がり合い、一点に収束していくクライマックスが胸に迫ります。そして川崎~青森~函館、と進むロードムービーの風景が登場人物たちの心象と溶け合い、物語の中の人々を現実的に浮かび上がらせていくと、彼らの“生活の匂い”までし始めるようです。 

社会の中で孤独に葛藤する人々を見落とさず、人間の真実に迫る──李監督の作家性を示す重要な一歩となった作品です。 

 

 1969年、モテたい一心で巻き起こす青春大騒動! 

『69 sixty nine』(2004年) 

村上龍の自伝的青春小説を原作に、宮藤官九郎が脚本を手がけた青春コメディ。1969年の長崎県佐世保を舞台に、「女の子にモテたい!」という純粋で不純な動機から、学校を封鎖してロックや映画を一体にしたフェスティバルを開催する大騒動を巻き起こす高校生ケン(妻夫木聡)の姿をコミカルに描きだします。 

ビートルズへの熱狂や学生運動の余波など、60年代の独特の空気感とエネルギーに突き動かされる主人公たちの暴走は微笑ましくも痛快。李監督初のメジャー作品であり、コメディ作品への挑戦となりましたが、既に高い評価を得ていた演出力はコメディでも遺憾なく発揮され、「爆笑しつつも最後には胸が熱くなる」と評価を浴びました。 

クライマックス、自主フェスティバルのステージでケンが叫ぶ自由と情熱は必見。爽快感に満ちたエネルギーと、切なさや郷愁も漂わせる李監督らしい青春群像劇。エンターテイメントと人間の光と影を共存させ、表現の幅広さを見せつけた本作は、人間ドラマを深化させていく布石となりました。 

世界を一瞬で消す方法がわかりました。  

スクラップ・ヘブン』(2005年) 

スクラップ・ヘブン
© 2005「スクラップ・ヘブン」パートナーズ

社会への鬱屈を抱えた若者たちが自警団気取りの“復讐請負業”にのめり込んでいくクライムサスペンス。 

刑事ドラマに憧れて警官になったものの雑用の日々に嫌気が差すシンゴ(加瀬亮)、厭世的なトイレ掃除人テツ(オダギリ ジョー)、心に闇を抱え密かに爆薬を調合する薬剤師サキ(栗山千明)の3人は、たまたま乗り合わせたバスでバスジャック事件に出くわす。3カ月後に再会したシンゴとテツは、「世の中のヤツは想像力が足りない」の言葉で意気投合、自ら考案した“復讐請負業”に乗り出します。イタズラのような“復讐”で鬱憤を晴らすふたりですが、手口は次第にエスカレートし、危険な領域へ足を踏み入れていくことに…。 

李監督のオリジナル脚本による本作は、シニカルな筆致で現代社会に生きる若者たちの閉塞感を描き出し、ブラックユーモアと痛烈なメッセージ性が光ります。シンゴたちが暴走し、想定外の事態へと突き進むクライマックス。緊張感あふれる映像と音楽の中で炸裂するアクション、そして3人の行き着く先に待つ衝撃的な末路は──? 

社会への怒りをそれぞれ独特に表す李監督の演出による、加瀬、オダギリ、栗山の熱演にも注目! 

 

炭鉱町に奇跡を!フラダンスで笑って泣ける大傑作!

『フラガール』(2006年) 

フラガール
© 2006 BLACK DIAMONDS

昭和40年代の福島県いわき市を舞台に、閉鎖寸前の炭鉱町を救うためハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)の設立に奔走した人々を描く、実話に基づいた感動作。 

東京から来た平山先生(松雪泰子)の指導の下、紀美子(蒼井優)ら炭鉱育ちの少女たちが猛特訓を重ね、フラガール(フラダンサー)となって街の未来を切り開こうと奮闘。家族や町の反対を乗り越えて、笑い、泣き、成長していく姿は、観客の心を温かく揺さぶり号泣させました。日本アカデミー賞監督賞をはじめ、国内の映画賞を総なめにし、さらに日本代表として米アカデミー賞外国語映画部門にもノミネートされ、社会現象にも近い話題作となりました。 

少女たちの成長を描く青春譚の傍ら、石炭から石油へと変わるエネルギー革命という大きな社会の変化と、その“逆境の中で懸命に生きる人々”を真摯に描き出し、李監督らしい「エンターテインメント性と社会性の両立」を果たし、その名を全国区そして世界へと押し上げた代表作です。 

 

誰が本当の悪人なのか…心に深く突き刺さる愛と罪の物語 

『悪人』(2010年) 

悪人
© 2010「悪人」製作委員会

芥川賞作家・吉田修一のベストセラー小説を、李監督が原作者と共同で脚本を手がけ映画化したヒューマンミステリー。 

長崎の女性殺害事件を発端に、加害者とされた青年・清水祐一(妻夫木聡)と、偶然知り合った女性・光代(深津絵里)が逃避行を繰り広げる一方、被害者遺族や事件に関わる人々の悲哀が重層的に描かれます。物語は「誰が本当の悪人なのか?」という問いを根底に据えており、登場人物それぞれの視点から“悪”の概念を見つめます。 

李監督は孤独を抱える祐一と光代の心情の奥までも丁寧に描写。逃亡の中に垣間見える、ごくささやかな笑顔や会話にすら、追い詰められた者同士の痛みと救いが滲み出ています。 

愛によって満たされていく心と、罪を背負った現実のコントラストは切なくも美しく、観る者の胸を締め付けます。 

ふたりの逃亡の裏で事件に翻弄される、被疑者・祐一の祖母(樹木希林)と被害者の父親(柄本明)にも注目。それぞれの愛を貫く姿に、涙せずにいられません。 

社会の中に生まれる闇と、人を愛さずにはいられない人間の業を真正面から描いた本作は、李監督にとって初の吉田修一作品の映画化となり、以降の『怒り』『国宝』へと続くコラボレーションの出発点となりました。 

 

許されぬ罪を背負い、男は最後の死闘に挑む 

『許されざる者』(2013年) 

クリント・イーストウッド監督・主演の米アカデミー賞受賞作『許されざる者』を、李監督が大胆にも明治初期・開拓時代の北海道を舞台に時代劇としてリメイク。 

かつて幕府の命で幾多の志士を斬り“人斬り十兵衛”と恐れられた釜田十兵衛(渡辺謙)。妻を亡くし幼子とひっそりと暮らす十兵衛のもとに、かつての仲間(柄本明)から賞金首の討伐依頼が舞い込み、十兵衛は生活のため再び刀を取る決意をします。行く先で若き侍(柳楽優弥)を仲間に加え、賞金首の侍を追って雪深い町へ向かう一行。しかし、たどり着いた町は、冷酷非道な警察署長(佐藤浩市)が絶対的権力を握り統治しており、十兵衛たちは逃げ場のない壮絶な戦いに身を投じていくことに…。 

吹雪舞う極寒の地での剣劇や銃撃戦など、緊迫感みなぎるアクションシーンの連続で、とりわけ人斬りとしての“業”を背負った十兵衛の鬼気迫る戦いぶりは、呼吸を忘れるほどの緊張と畏怖、そして哀しみを覚えます──。 

オリジナル版への敬意とともに忠実なリメイクをしながらも、北海道の先住民族アイヌの人種差別の問題、明治初期の日本社会の変容といった背景を加え、李監督ならではの社会的視点が作品に奥行きを加え、登場人物をより深く描写しています。 

愛した人は殺人犯なのか?疑惑が人々を狂わせる  

『怒り』(2016年) 

怒り
©2016映画「怒り」製作委員会

『悪人』に続き吉田修一の小説を映画化した、群像ミステリードラマ。八王子で起きた夫婦惨殺事件。血まみれの殺害現場に“怒”という血文字を残した犯人は顔を整形し逃亡した…。 

それから1年。千葉の漁村で暮らす洋平(渡辺謙)と娘・愛子(宮崎あおい)の前に現れた田代(松山ケンイチ)、東京で大企業に勤める優馬(妻夫木聡)が出会った直人(綾野剛)、そして沖縄に転校してきた女子高生・泉(広瀬すず)が無人島で遭遇した田中(森山未來)──3つの土地に素性の知れない男が現れ、それぞれの周囲で「彼が殺人犯ではないか?」という疑念が生まれます。疑いと不安から心をかき乱され、愛する人への信頼さえ揺らいでいくことに…。 

李監督はこの心理劇を、場所ごとにまったく異なる空気感で丁寧に描き分けました。蒸し暑い千葉の漁港では家族の葛藤と距離感を生々しく、都会の東京では同性愛カップルの繊細な愛情と猜疑心が交錯し、南国沖縄では青春の光と闇が強烈に対比されます。そして疑惑がピークに達した時、胸が押しつぶされるような感情の激流がスクリーンを埋めつくします。 

「信じるとは何か」。事件の真相が明かされた後もなお、観客の心に重い問いを投げかけます。社会に渦巻く不信感とそれでもなお人を信じたい思い──李監督はこの難しいテーマをエンターテイメントに昇華し、圧巻の人間ドラマを作り上げました。 

 

故郷・福島を奪われた家族が再起してゆく短篇ドラマ 

ブルーハーツが聴こえる』(2017年) 

ブルーハーツが聴こえる
©TOTSU、Solid Feature、WONDERHEAD/DAIZ、SHAIKER、BBmedia、geek sight

日本を代表するパンクバンドTHE BLUE HEARTSの楽曲を題材に、人気監督と豪華俳優がタッグを組み、短編映画を競作したオムニバス映画の一篇。李監督は名曲「1001のバイオリン」にインスパイアされた物語を手がけました。 

東日本大震災によって故郷の福島を追われ、東京に避難した元原発作業員・達也(豊川悦司)と家族の姿を通して、喪失と再生が静かに綴られます。 

避難生活を送って3年。東京での暮らしに慣れていく家族と、故郷への未練を抱えたままの達也。それぞれの想いが交錯する中、達也は廃墟となった故郷に置いてきた愛犬タロウを探しに行くことに。 

李監督は被災地に赴き、放射線量を測定しながらの撮影を敢行。映像に、そしてそこで交わされる言葉や表情のひとつひとつに震災の現実が凝縮され、胸に迫ります。震災がもたらした傷跡と、人々の諦めや喪失感、その中でも消えない希望の灯火を丹念に描き出した感動作です。 

 

女児誘拐事件。その真実は、ふたりだけのもの。 

『流浪の月』(2022年) 

流浪の月 -本編+U-NEXT限定 未公開映像特典付き-
©2022「流浪の月」製作委員会

凪良ゆうの本屋大賞受賞小説を原作に、李監督が繊細な人間ドラマとして紡いだ作品。 

雨の公園でずぶ濡れになっていた10歳の少女・更紗と、彼女を自宅に保護した19歳の大学生・文(松坂桃李)。「家に帰りたくない」。両親がおらず、引き取られた伯母の家で虐待にあっていた更紗は文の家に居つき、安らぎに満ちた時間を過ごします。 

しかし2カ月後、一緒に外出した先で文は誘拐犯として逮捕されてしまいます。ふたりの真実に反し、文は“ロリコンで凶悪な誘拐犯”、更紗は“傷物にされたかわいそうな女の子”としてレッテルを貼られた人生を歩むことに…。 

15年後。24歳になったある日、更紗(広瀬すず)は偶然文と再会し、ふたりの運命が動き始めます──。誰にも言えなかった事件の真実を共有するふたりだけの世界で、再び活き活きと過ごし始め、儚くも美しい時間が流れます。しかし、世間はふたりを再び“犯罪者”“被害者”として生きる世界に引き戻しそうと渦巻き…。 

周囲の偏見や好奇の目という社会の残酷さと、それでも失われなかったふたりの信頼関係。李監督は、この切ないコントラストを通して“真実の絆”を描きだしました。“当事者にしかわからない真実”というテーマに挑むとともに、李監督作品の中でもひときわ異彩を放つラブストーリーです。 

任侠の血筋が挑む、歌舞伎50年の芸道一代記  

『国宝』(2025年) 

李監督が『悪人』『怒り』に続いて吉田修一の小説を映画化した最新作で、任侠一家に生まれながら、歌舞伎の道に人生を捧げた男の50年間を描く、実に175分に及ぶ大河人間ドラマです。 

15歳で組同士の抗争により父を亡くし天涯孤独となった立花喜久雄(吉沢亮)は、その天賦の才を見抜いた上方歌舞伎の大看板・花井半二郎(渡辺謙)に引き取られます。半次郎の実子である俊介(横浜流星)と兄弟のように育てられ、そして兄弟弟子として切磋琢磨し歌舞伎役者として成長していく喜久雄。しかしある日、病に倒れた半次郎が自らの代役に息子・俊介ではなく喜久雄を指名したことで、良きライバル関係にあったふたりの運命は大きく揺れ動き始め…。 

歌舞伎界の栄光と闇、人間国宝の称号に値する芸を極めるまでの苦難、そして師弟・友情・恋といった様々な人間模様が、豪華キャストの競演で壮大に綴られます。リアリティを徹底追求する李監督が日本伝統芸能・歌舞伎の世界に挑み、歌舞伎所作・舞台装置をはじめ、本物さながらに再現した舞台の場面はいずれも圧巻です。それらの構築された世界観の中で、吉沢亮が少年期から壮年期までを演じ切り、圧倒的な演技力で観客を魅了、「近年にない衝撃」「何度でも劇場で観たい」と絶賛の声を集めています。 

深遠なテーマとそれを描きだした壮大なスケール、俳優たちの渾身の演技力が結集した『国宝』。現時点での李相日監督最高傑作と呼ぶべき大作です。 

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